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豊見山, 和行 ; 赤嶺, 守 ; 高良, 倉吉 ; 山里, 純一 ; 上原, 兼善 ; 真栄平, 房昭 ; 田名, 真之 ; 安里, 進 ; 池宮, 正治 ; 西里, 喜行 ; Tomiyama, Kazuyuki ; Akamine, Mamoru ; Takara, Kurayoshi ; Yamazato, Jyuniti ; Uehara, Kenzen ; Maehira, Fusaaki ; Asato, Susumu ; Ikemiya, Masaharu ; Nishizato, Kiko
出版情報: 2008-03-31.  豊見山和行
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/43245
概要: 平成16年度-平成19年度科学研究費補助金(基盤研究(B))研究成果報告書 / 本研究の目的は、戦前以来、長く非公開史料であった「尚家文書」の全面的公開へ向けて、その基盤整備をはかると同時に、旧来ほとんど研究に利用することができなかった「尚 家文書」群の一部を分析することによって、琉球史研究の新たな展開をめざした。「尚家文書」は、1995年に東京尚家から那覇市に寄贈され、ようやく全体的調査が行われ、その全貌が明らかになったが、同文書群の保存と活用という面では不十分であった。そこで、本科研では「尚家文書」全体のマイクロフィルム撮影とその紙焼き複製によって、上記の課題を解決する一助とした。具体的には本科研の4年間をかけて「尚家文書」1,276点の内、マイクロ撮影に耐えうる文書1,006点を撮影し、その紙焼き複製を実現した。上記の撮影・紙焼き作業の進展に伴い、順次各文書の検討会を行った。それらの成果を本科研の報告書で取りまとめた。その概要は、「尚家文書」を詳細に検討した5本の論考からなる第I部「論考篇」と、計27文書について紹介・翻刻した第II部「史料解説・紹介篇」、そして本科研によるマイクロフィルム撮影(既存分を含む)とその紙焼き複製を一覧した第III部「尚家文書目録(撮影複製)篇」というものである。本科研によって尚家文書全体のマイクロフィルム撮影とその複製紙焼きは、文書状態の不良な270点を除き、ほぼ達成することができた。また、個別文書の分析においては、首里王府による雨乞い儀礼の実態、そして琉球処分期における琉球側の詳細な対応状況などが新たに解明された。 続きを見る
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池宮, 正治 ; Ikemiya, Masaharu
出版情報: 日本東洋文化論集.  pp.33-57,  2006-03.  琉球大学法文学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/2402
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池宮, 正治 ; Ikemiya, Masaharu
出版情報: 日本東洋文化論集.  pp.1-27,  2005-03.  琉球大学法文学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/2396
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池宮, 正治 ; Ikemiya, Masaharu
出版情報: 日本東洋文化論集.  pp.1-35,  2004-03.  琉球大学法文学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/2392
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池宮, 正治 ; Ikemiya, Masaharu
出版情報: 日本東洋文化論集.  pp.15-36,  2003-03.  琉球大学法文学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/2388
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上里, 賢一 ; 金城, 正篤 ; 池宮, 正治 ; 西里, 喜行 ; 高良, 倉吉 ; 赤嶺, 守 ; 長部, 悦弘 ; 豊見山, 和行 ; 星名, 宏修 ; 石崎, 博志 ; 王, 耀華 ; 徐, 恭生 ; 謝, 必震 ; 方, 宝川 ; Uezato, Kenichi ; Kinjo, Seitoku ; Ikemiya, Masaharu ; Nishizato, Kikou ; Takara, Kurayoshi ; Akamine, Mamoru ; Osabe, Yoshihiro ; Tomiyama, Kazuyuki ; Hoshina, Hironobu ; Ishizaki, Hiroshi
出版情報: 2002-03.  上里賢一
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/15029
概要: 平成11年度~平成13年度科学研究費補助金(基盤研究(B)(2))研究成果報告書<br />研究概要:琉球王国時代には、およそ500年におよぶ中国との交流の歴史があり、数多くの文献資料をはじめ、交流史跡等が沖縄と中国の双方に残さ れている。本研究の目的は、沖縄と中国の研究者が協力して、沖縄(琉球)と中国との交流史を、歴史・文学・言語・思想・民俗・音楽などの諸領域から解明しようというところにある。この目的を達成するために、沖縄県内と中国(福建省・浙江省・江蘇省など)において、交流史跡の調査と文献資料の収集をおこなった。報告書には、沖縄・中国双方から13名の研究者が、論文と史跡調査報告を寄せている。掲載論文のそれぞれの専門分野は、文学・歴史・言語・音楽・民俗・書誌などにまたがっており、学際的な報告となっている。琉球王国時代の福建から北京に至る沿線には、琉球と中国の交流史跡が多数ある。その調査は中国と沖縄の研究者が協力して組織的に取り組む必要がある。本研究は、琉球大学と福建師範大学との大学間交流協定締結を契機にして始められた共同研究プロジェクトである。琉球と中国との交流史上において、福建省は特別の意味を持つ場所である。現在の那覇市の一角には、かつて久米村という中国渡来人の居住地があった。「久米三十六姓」と呼ばれるこれらの渡来人は、そのほとんどが福建省出身者であった。彼等は琉球王国と中国・東南アジア各地との交流を実務面で支えていた。また、福建省には、琉球館という交流拠点があり、双方を結ぶ船の離発着港でもあった。今後、福建を中心とする中国との交流史については、いろいろなテーマで共同研究が取り組まれることになると考えられるが、本研究が、沖縄・中国の学術交流の進展と研究交流の深化に役立つことを祈るものである。<br />研究概要(英文) : A report on "A Study of the History of Exchange between Ryukyu and China". There are a number of historical sites and documents in China and Okinawa after 500 years of history of exchange between China and Ryukyu kingdom. The purpose of this study is to examine the history of exchange between Okinawa )Ryukyu) and China in such areas of study as history, literature, language, philosophy, folklore, and music. With this purpose, we did our research on the historical sites and documents both in Okinawa and China. This report consists of academic theses and reports based on their research of the historical sites written by thirteen contributors. The report is interdisciplinary having papers from various disciplines such as literature, history, linguistics, music, folklore, and archival studies. There are many historical sites that describe the history of exchange between Ryukyu and China along the coast from Fujian and Beijing, and these sites should be explored under the cooperation of Chinese and Okinawan researchers. An academic exchange agreement between University of the Ryukyus and Teachers' College of Fujian )Fujian shi fan da xue) led us to start this research project. The province of Fujian has a special meaning in the history of exchange between Ryukyu and China. In Naha, there used to be a community of Chinese migrants called Kume village. The Chinese from this village were called "Thirty-Six Families of Kume" and most of them were from Fujian. They were supporting the trades between Ryukyu Kingdom and China and other Southeast Asian countries with their practical business skills and knowledge. In Fujian, there was a center of exchange called the Ryukyu Hall and also there was a port especially kept for the transportation of Ryukyu-China trade. We hope this study will make a significant contribution to further development of the scholarship and academic exchange between Okinawa and China by establishing a precedent for the future studies of the related fields. 続きを見る
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池宮, 正治 ; Ikemiya, Masaharu
出版情報: 日本東洋文化論集.  pp.37-150,  2002-03.  琉球大学法文学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/2385
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池宮, 正治 ; Ikemiya, Masaharu
出版情報: 日本東洋文化論集.  pp.1-25,  2001-03.  琉球大学法文学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/2381
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高良, 倉吉 ; 池宮, 正治 ; 山里, 純一 ; 玉城, 政美 ; 川平, 成雄 ; 赤嶺, 政信 ; 狩俣, 繁久 ; 大胡, 太郎 ; Takara, Kurayoshi ; Ikemiya, Masaharu ; Yamazato, Junichi ; Tamaki, Masami ; Kabira, Nario ; Akamine, Masanobu ; Karimata, Shigehisa ; Ogo, Taro
出版情報: 2000-03.  高良倉吉
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/9027
概要: 平成9・10・11年度文部省科学研究費補助金(基盤研究(B)(2))研究成果報告書 / 研究概要:沖縄県宮古郡多良間村は、多良間島と水納島の二つの島からなる、人口1300人の小さな島である。第二次大戦において壊滅的な打撃をうけた沖縄本島に比 べて戦争被害の比較的小さかったこの島には前近代、近代の歴史史料が保存されているうえに、芸能、音楽、民俗、言語の面で文化的伝統もよく保持している。しかし、急激な社会の変化、ライフスタイルの変容、過疎化などによって多良間島社会にも随所に変化があらわれている。その多良間島社会の実態と変容を多面的、総合的に解明することを目的につぎのことをおこなった。 水納島は現在1家族7人が住む島であるが、相次ぐ台風被害などのために宮古島の高野集落へ集団移住した。かつて水納島で行っていた祭りを移住先である高野集落でおこなっているとの情報を得て、昨年多良間島で調査したスツウプナカ(豊年祭) を赤嶺政信(民俗)、玉城政美(口承文芸)、狩俣繁久(言語)を中心に地元の研究協力者をくわえて高野集落で合同調査を行った。スツウプナカは同じ日の同じ時間に多良間島でもほぼ同じ祭りが行われていて、詳細な比較研究は今後の課題だが、移住集落の方がより古い形態を保持しているらしいことがわかった。 また、1月には宮古平良市でシンポジウム「多良間を考える」を開催した。これには地元からも多くの郷土研究家が参加し、より多面的な、総合的な観点から討論をおこなった。その成果は研究成果報告書に反映される予定である。<br />Tarama village in Miyako, Okinawa Prefecture, consists of two islands: Tarama and Mina islands. This village has a population of 1,300. Compared with the main island of Okinawa Prefecture (Okinawa honto), these two islands had relatively little influence from World War 2. Therefore, they have well kept not only historical materials but also traditional culture such as arts, music, customs, and language. However, the village has also undergone some changes because of drastic change in society, life style, and a fall in population. To investigate the society of the Tarama island and its change in various cultural aspects, we have done the following. (1) We investigated Sutsuupunaka (celebration of a full harvest) in Takano with a help of local experts. Sutsuupunaka used to be held on the island of Minna. Suffering from series of typhoons, most of people on Minna island moved to Takano, Miyako island. At present, there is only one family of seven in Minna. After moving into Takano, The native people of Minna have continued to celebrate Sutsuupunaka. We have found that Sutsuupunaka held in Takano is more archaic than that of Minna. This Celebration is also held on the island of Tarama at the same time on the same day. Needless to say, a comparative study of Sutsuupunaka in Takano and tarama is our focus in the future. (2) We held a symposium "Thoughts on Tarama (Tarama wo kangaeru)" in Hirara city in Miyako in January, 2000. With a number of local researchers, we had discussions on various aspects of Tarama .Our report on this research will reveal details on this matter. 続きを見る
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池宮, 正治 ; Ikemiya, Masaharu
出版情報: 日本東洋文化論集.  pp.31-49,  2000-03.  琉球大学法文学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/2374