1.

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金, 永元 ; 許, 永錫 ; Kim, Yeong Weon ; Heo, Young Seuk
出版情報: 琉球大学学術リポジトリ公開記念講演会発表抄録集「貴重資料と機関リポジトリ」.  pp.15-37,  2007-11-16.  琉球大学学術リポジトリ事務局
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/2768
概要: 平成19年(2007年)11月16日に開催された「琉球大学学術リポジトリ公開記念講演会」における講演予稿集。<br />Proceedings of the Formal Operation Memorial Seminar o f University of the Ryukyus Repository, 2007. “Historical Rare Materials and Institutional Repositories”. November 16, Friday 2007. Organized by the University of the Ryukyus. 続きを見る
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Miyazato, Atsuko ; 宮里, 厚子
出版情報: 琉球大学欧米文化論集 = Ryudai Review of Euro-American Studies.  pp.73-88,  2006-03.  琉球大学法文学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/2721
概要: 本稿で取り上げる作品は、戦後生まれのアート・スピーゲルマン(アメリカ、1948~)とパトリック・モディアノ(フランス、1945~)が、ユダヤ人であるそれぞれの父親がどのようにナチ時代のヨーロッパを生きのびたかを描いた物語である。しかし作品で は同時に、父親と作家である息子との関係も描かれており、本稿はこの点に焦点を当てたものである。戦争によって価値観や生き方を覆された父親の性格や行動は、息子にとって理解しがたいものであり、それを理解しようというのがそれぞれの作品の原点となっている。したがって作品を通して、息子たちがどのように父親を理解しようとしているのか、あるいは父親に対する困惑や嫌悪の感情とどのように折り合いを付けようとしているのか、そして理解あるいは和解できたのかということを検証していきたい。さらに、父親の生き方が息子の人生に与えた影響を探り、つまりは戦争が戦争を知らない世代に与えた影響も見ていく。ところで、この論文を書くうえで確認しておきたいのは、ここで取り上げるMausが漫画という表現形式をとっていることである。しかしその内容は、作者も強調している通りノン・フィクションであり、世界各国の批評家から高い文学的評価も受けているため、ここでは取り上げる2作品における漫画と小説という表現方法の違いを問題にはしないということを付け加えておく。 続きを見る
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Till, Weber
出版情報: OAG Notizen.  5  pp.12-30,  2006.  OAG Deutsche Gesellschaft für Natur- und Völkerkunde Ostasiens — ドイツ東洋文化研究協会
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/421
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Miyazato, Atsuko ; 宮里, 厚子
出版情報: 琉球大学欧米文化論集 = Ryudai Review of Euro-American Studies.  pp.37-53,  2005-03.  琉球大学法文学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/2726
概要: モディアノと目取真はそれぞれ1945年(パリ)と1960年(沖縄)生まれで戦争を直接体験していない世代であるにもかかわらず、彼らの作品には常に戦争の記憶が語られている。この論文では、これら戦後生まれの作家がナチス占領時代のパリや沖縄戦をどの ように描いているのか、なぜ描くのかという問いを通して、戦争を知らない世代が戦争を描く意義とその可能性を考えていきたい。彼らがなぜこの時代に固執するのかという点に関しては、忘却との闘い、社会に対する一種の挑発、自らのアイデンティティの確認などが考えられる。彼らは罪悪感や歴史の暗部に関わったという理由から戦争の記憶を「語らない」人物たちを描くことによって、これまでの「語られた物語」である証言文学あるいは記録文学といわれるジャンルとは違った戦争体験の記憶と、さらにその記憶を語らない体験者たちの在り方を含めた全体像を描くことに成功しているといえる。一方、シュールレアリスムあるいはマジック・リアリズムという手法を使った語りも証言文学とは一線を画し、「小説」として作品を位置づけるものとなっている。その一見「非現実的」とも見える手法にもかかわらず、作品は忠実に戦争の現実を伝えていると言える。 続きを見る
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西里, 喜行 ; Nishizato, Kiko
出版情報: 琉球大学教育学部紀要.  67  pp.307-329,  2005-09.  琉球大学教育学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/348
概要: The collisions between China and France about the Suzerainty over Vietnam became sharper after the 1870's. In the f irst half of the 1880's, the Sino-French War broke out, and as a result of the defeat, China lost the Suzerainty over Vietnam. At the same period, a lot of chinese newspaper commented upon the Vietnam problem, and the many articles about the Sino-French War were to be seen in the newspapers almost every day. particulerly the Xunhuan Ribao (循環日報) in Hongkong, the Shenbao (申報)in Shanghai and the Shubao (述報) in Guangzhou inspired the Chinese with patriotism. In this text, the articls and the editorials printed in the above-mentioned three newspapers concerning the Vietnam problem are collected in order of the date. 続きを見る
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Miyazato, Atsuko ; 宮里, 厚子
出版情報: 琉球大学欧米文化論集 = Ryudai Review of Euro-American Studies.  pp.61-75,  2004-03.  琉球大学法文学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/2730
概要: ミシェル・トゥルニエは1986年に出版した小説の中で、主人公Idrissが北アフリカの砂漠の村を出てパリへ向かう物語を描いている。このなかで著者は現代西洋世界における映像(image)文明の行き過ぎを批判し、若者のイニシエーションが阻害され ている現状を取り上げている。また西洋のimage文明のアンチテーゼとしてイスラムのsigne文化に敬意を表し、なかでも特にimageとsigne、西洋文化とイスラム文化の融合を可能にするアラビア文字書道の精神性を高く評価している。 本稿では、自ら写真を趣味とし、写真や写真家に関するエッセイも多く書いているトゥルニエがなぜ映像文明と距離を置くようになったのか、その理由をエッセイやインタビューなどから探るとともに、彼の考えるimageの危険性とsigneの精神性について考察する。一方、その処女作『フライデーあるいは太平洋の冥界』で文明人ロビンソンの自然回帰のイニシエーションを描いた著者が、その逆の設定である砂漠の少年の西洋文明でのイニシエーションをどのように描いているのかという点にも注目し、イニシエーションという枠のなかで現代西洋世界がどのように位置づけられているのかを作品を通して見ていく。 続きを見る
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西里, 喜行 ; Nishizato, Kiko
出版情報: 琉球大学教育学部紀要.  pp.465-483,  2004-02.  琉球大学教育学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/347
概要: The collisions between China and France about the Suzerainty over Vietnam became sharper after the 1870·s. In the first half of the 1880's, the Sino-French War broke out, and as a result of the defeat, China lost the Suzerainty over Vietnam. At the same period, a lot of chinese newspaper commented upon the Vietnam problem, and the many articles about the Sino-French War were to be seen in the newspapers almost every day. particulerly the Xunhuan Ribao (循環日報) in Hongkong, the Shenbao (申報) in Shanghai and the Shubao (述報) in Guangzhou inspired the Chinese with patriotism. In this text, the articls and the editorials printed in the above-mentioned three newspapers concerning the Vietnam problem are collected in order of the date. 続きを見る
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Till, Weber
出版情報: 言語文化研究紀要 : Scripsimus.  pp.25-43,  2004-10.  琉球大学法文学部国際言語文化学科欧米系
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/417
概要: 本稿は、日本に来た最初のドイツ人の一人、ウルム(Ulm)出身の鋳物師(Stückgießergeselle:平時には鐘や大型の料理用鍋、戦時には大砲の砲身を鋳造)ハンス・ヴォルフガング・ブラウン(1609年~1655年 以降)を扱っている。ブラウンは、1627年彼の故郷ウルムを去り、30年戦争の影響をあまり受けなかったアムステルダムへ行った。 日本へ彼がやって来たのは、他の初期のドイツ人と同様、オランダ東インド会社(VOC)の任務の為であった。1639年彼は九州の平戸でオランダの商館長フランソワ・カロンの命により徳川幕府の為に三門の臼砲を鋳造した。幕府は、前年に島原を攻囲した際(島原の乱)の苦い経験から、攻城の為にこの新種の武器に大いなる興味を示した。オランダ人にとってこの技術の輸出は、鎖国政策を完結する最終段階に及んでは、将軍の好意を得る打って付けの好機であった。1639年6月16日東京の麻布で、幕府の代表者らの面前でブラウンが鋳造した臼砲の試射が劇的に行われ、成功裏に終った。カロンの日記や『徳川実紀』によれば、ブラウンは沢山の報奨金と褒美を得たという。 オランダ人が1640年~41年日本国外追放の運命から逃れ、長崎出島に留まることを許可された一方で、日本に近代兵器の技術を提供するという彼らの気力は益々失せていった。1650年以来、幕府の臼砲に対する興味も薄らいで行った。西洋の作家たち(例えばペリン 1979年)や「ザ・ラスト・サムライ」(2003年)のような映画は、誤った歴史像を大衆に伝えようとしているが、実際には火器は一般には幕府や大名、あるいは侍から拒絶されてはいなかった。なるほど16世紀から18世紀まで日本における火器はさまざまな流派の極秘の知識としてのみ知られ、故に公にされてはいなかった。しかし平戸の松浦史料博物館の千歳閣に展示されている小臼砲、城門破り用砲筒(恐らくは18世紀)のように、実際に博物館に展示品として所蔵されている例もあるので、その後も少しは西洋の臼砲技術へ近づこうとしていたことが窺える。 ハンス・ヴォルフガング・ブラウンに関しては、彼が1640年以降にアムステルダムへ戻り、結婚し、1649年から1653年まで彼の故郷であるウルムで暮らしたことが知られている。彼がそこに住んでいた、ということが高く評価されている。そのことは、ウルム市議会の決議やヨゼフ・フルテンバッハの手書きの市の年代記によって裏付けられる。ブラウンに関する最後の記述には、1655年再びオランダ東インド会社(VOC)の任務でバタビヤ(ジャカルタ)の市の城壁でcapo、すなわち大尉として重火器に従事していた。と書かれている。以下のラテン語の碑文が、ブラウンによって最初に平戸で鋳造された臼砲に刻まれている。 HANS WOLFGANG BRAVN VON ULM ME FECIT FIRANDO 1639 (ウルム出身のハンス・ヴォルフガング・ブラウンが1639年平戸で製作した.) この臼砲は1930年代まで東京の遊就館で展示されていた。1945年アメリカ軍がこれを押収し、それ以来この臼砲の行方は分かっていない。しかし1936年に複製された臼砲がウルム市博物館にあり、この臼砲を基に東京の遊就館の為に一門が鋳造された。そしてこの臼砲を基にさらにもう一門が2000年、日蘭交流開始400年記念祭を機会に、平戸の松浦史料博物館の為に鋳造されている。 続きを見る
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西里, 喜行 ; Nishizato, Kiko
出版情報: 琉球大学教育学部紀要.  pp.357-387,  2003-09.  琉球大学教育学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/346
概要: The collisions between China and France about the Suzerainty over Vietnam became sharper after the 1870's. In the f irst half of the 1880's, the Sino-French war broke out, and as result of the defeat, China lost the Suzeralntv over Vietnam. At the same period, alot if chinese news paper commented upon the Vietnam problem, and the many articles about the Sino-French war were to be seen in the newspapers almost every day. particulerly the Xunhuan Ribao (循環日報) in Hongkong, the Shenbao (申報) in Shanghai and the Shubao (述報) in Guangzhou inspired the Chinese with patriotism. In this text, the articls and editorials printed in the above-mentioned three newspapers concerning the Vietnam problem are collected in order of the date. 続きを見る
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西里, 喜行 ; Nishizato, Kiko
出版情報: 琉球大学教育学部紀要.  pp.347-363,  2003-03.  琉球大学教育学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/345
概要: The collisions between China and France about the Suzerainty over Vietnam became sharper after the 1870's. In the f lrst half of the 1880's, the Sino-French war broke out, and as a result of the defeat, China lost the Suzerainty over Vietnam. At the same period. a lot of chinese newspaper commented upon the Vietnam problem, and the many articles about the Sino-French war were to be seen in the newspapers almost every day. particulerly the Xunhuan Ribao (循環日報) in Hongkong, the Shenbao (申報) in Shanghai and the Shubao (述報) in Guangzhou inspired the Chinese with patriotism. In this text, the artlcls and the editorials printed in the above-mentioned three newspapers concerning the Vietnam problem are collected in order of the date. 続きを見る
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Till, Weber
出版情報: 言語文化研究紀要 : Scripsimus.  pp.1-12,  2000-10-31.  琉球大学法文学部国際言語文化学科欧米系
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/418
概要: In recent years the number of foreigners who are granted German citizenship has increased immensely from 34,913 in 1983 to 278,662 in 1997. Applicants have to submit certificates proving their knowledge of the German language. Many first-generation immigrants do not have such documents and are therefore required to take an official language test. Germany's federal structure has led to the emergence of language tests and procedures that differ from state to state. This paper compares the tests of Bavaria, a partly rural state which is considered more conservative, to that of the State of Berlin, the open-minded capital of the country. It becomes apparent that both tests are based on different interpretations of federal Standards and of the "Zertifikat Deutsch" (ZD), the influental basic international test of German language ability. The results of a mock round of tests involving some fourth-year German Studies major students of the University of the Ryukyus show how vastly the Bavarian and the Berlin tests differ. Apparently it is easier (or harder) to become a German citizen depending on which state jurisdiction conducts the language test. 続きを見る
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Kurosawa, Hirokazu ; 黒沢, 宏和
出版情報: 琉球大学欧米文化論集 = Ryudai Review of Euro-American Studies.  pp.65-84,  2000-03.  琉球大学法文学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/2741
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Till, Weber
出版情報: 琉球大学欧米文化論集 = Ryudai Review of Euro-American Studies.  pp.37-64,  2000-03.  琉球大学法文学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/419
概要: The article deals with experiences gained from planning, conducting and analyzing the German language and culture summer camp in Oku, Okinawa, in 1999 which involved 19 students, 4 instructors and 2 guests from Germany. In the context of a 4-day-project centering around themes from German hotel life ("Hotel Germany") like booking a room, arguing about bills, service in restaurant and cafe, working at a hotel action-oriented and learner-centered principles were applied to teaching methodology. These involved communicative actions like role-play, learning by doing, involvement of more senses than usually activated in classrooms. The learners' assumed interests are the starting point of all planning and the students' active participation in class and decision-making are enhanced. While not unfamiliar to younger foreign language instructors in Germany these methods seem to be relatively new to many of the students in Japan. The result of this trial was that these methods work very well when applied in a situation in which the students feel outside normal classrooms as exemplified by three minidramas around hotel situations produced and performed by the students with only minimum teacher instruction given. They work less well and need further development and adaption when applied in a more conventional classroom situation in which well-known communicative obstacles to free speaking on the students' part limit their success. 続きを見る
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Yano, Masahiro ; 矢野, 昌浩
出版情報: 琉大法学.  pp.54-46,  2000-09.  琉球大学法文学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/1799
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西里, 喜行 ; Nishizato, Kiko
出版情報: 琉球大学教育学部紀要.  pp.37-69,  1999-10.  琉球大学教育学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/344
概要: The collisions between China and France about the Suzerainty over Vietnam became sharper after the 1870's. In the f irst half of the 1880's, the Sino-French war broke out, and as a result of the defeat, China lost the Suzerainty over Vietnam. At the same period, a lot of chinese newspaper commented upon the Vietnam problem, and the many articles about the Sino-French war were to be seen in the newspapers almost every day. particulerly the Xunhuan Ribao (循環日報) in Hongkong, the Shenbao (申報) in Shanghai and the Shubao (述報) in Guangzhou inspired the Chinese with patriotism. In this text, the articls and the editorials printed in the above-mentioned three newspapers concerning the Vietnam problem are collected in order of the date. 続きを見る
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Yano, Masahiro ; 矢野, 昌浩
出版情報: 琉大法学.  pp.352-321,  1999-09.  琉球大学法文学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/1809
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Yoshii, Koichi ; 吉井, 巧一
出版情報: 言語文化研究紀要 : Scripsimus.  pp.1-20,  1998-10.  琉球大学法文学部国際言語文化学科欧米系
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/2698
概要: 主としてアメリカのオハイオ・ペンシルバニア両州を中心に、現在およそ十万人程の「アーミッシュ(Amish)」と呼ばれる人々が集団生活をしている。宗教的迫害を避けるため、遠くスイスあるいはドイツから集団で新天地を求めアメリカ大陸に渡ってきた彼等 は、現在も聖書の教義を厳守し、自動車やテレビを所有せず、広大な農場を16世紀さながらに馬で耕しながら、厳格なキリスト教徒として質素な生活を営んでいる。そのライフスタイル・価値観・世界観等は、一見正にアナクロニズムそのものに見えるが、我々現代文明人(?)が失いつつある「人間としての生活に必要不可欠なもの」とは何か、という素朴な疑問へのヒントが彼等の生活から窺える。 彼等は聖書の言語としてドイツ語を、日常コミュニケーション言語としていわゆるペンシルバニア・ダッチ(Pennsylvania Dutch/German)を、更に自分たちのコミュニティー外の人々(Auslaender)とは英語を話す、3言語併用社会を形成している。いわゆる正書法を持たない、話し言葉としての機能中心言語であるペンシルバニア・ダッチを考慮し、当初は音声面の言語調査を意図していたが、予想通り厳格なOld Order Amishのインフォーマントからは録音機器使用の了解を得ることはできなかった。そこでそれぞれの言語をどのように修得し、使い分けているのか、また互いの言語干渉の度合はどの程度のものかを中心課題に、彼等の独特な文化を探りつつ、聞き取り及び筆記による調査方法でのフィールド調査を行った。 続きを見る
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西里, 喜行 ; Nishizato, Kiko
出版情報: 琉球大学教育学部紀要 第一部・第二部.  pp.49-74,  1996-10.  琉球大学教育学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/356
概要: It is well-known that the problem of the titleto the Ryukyu Islands had surfaced as one of the focus of the internationa l concern in East Asia until 1880's since 1870's, and this problem had become an important diplomatic issue between Japan and China on theday. Exactly at the same period, a lot of modern newspaper and magazine for chinese readers was launched in China. These newspapers and magazines come to accomplish the role as the medium by which the chinese nationalism was formed facing the foreign tension such as the problem of the title to Ryukyu Islands. Some sheets of newspapers and magazines to represent chinese journalism at the time are as follows; the Shenbao (申報), the Wanguo Gongbao (万国公報), Yiwenlu (益聞録) in Shanghai and the Xunhuan Ribao (循環日報) in Hongkong. In this text, the articls and the editorials printed to the above-mentioned four sheets of newspapers and magazines concerning the problem of the title to Ryukyu Islands are collected in order of the date. 続きを見る
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西里, 喜行 ; Nishizato, Kiko
出版情報: 琉球大学教育学部紀要 第一部・第二部.  pp.47-70,  1995-10.  琉球大学教育学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/355
概要: It is well-known that the problem of the title to the Ryukyu Islands had surfaced as one of the focus of the internation al concern in East Asia until 1880's since 1870's, and this problem had become an important diplomatic issue between Japan and China on the day. Exactly at the same period, a lot of modern newspaper and magazine for chinese readers was launched in China. These newspapers and magazines come to accomplish the role as the medium by which the chinese nationalism was formed facing the foreign tension such as the problem of the title to Ryukyu Islands. Some sheets of newspapers and magazines to represent chinese journalism at the time are as follows; the Shenbao (申報) , the Wanguo Gongbao (万国公報) , Yiwenlu (益聞録) in Shanghai and the Xunhuan Ribao (循環日報) in Hongkong. In this text, the articls and the editorials printed to the above-mentioned four sheets of newspapers and magazines concerning the problem of the title to Rvukvu Islands are collected in order of the date. 続きを見る
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西里, 喜行 ; Nishizato, Kiko
出版情報: 琉球大学教育学部紀要 第一部・第二部.  pp.195-224,  1995-03.  琉球大学教育学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/354
概要: It is well-known that the problem of the title to the Ryukyu Islands had surfaced as one of the focus of the internation al concern in East Asia until 1880's since 1870's, and this problem had become an important diplomatic issue between Japan and China on the day. Exactly at the same period, a lot of modern newspaper and magazine for chinese readers was launched in China. These newspapers and magazines come to accomplish the role as the medium by which the chinese nationalism was formed facing the foreign tension such as the problem of the title to Ryukyu Islands. Some sheets of newspapers and magazines to represent chinese journalism at the time are as follows; the Shenbao (申報) , the Wanguo Gongbao (万国公報) , Yiwenlu (益聞録) in Shanghai and the Xunhuan Ribao (循環日報) in Hongkong. In this text, the articls and the editorials printed to the above-mentioned four sheets of newspapers and magazines concerning the problem of the title to Rvukvu Islands are collected in order of the date. 続きを見る
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西里, 喜行 ; Nishizato, Kiko
出版情報: 琉球大学教育学部紀要 第一部・第二部.  pp.100-128,  1994-10-31.  琉球大学教育学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/353
22.

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西里, 喜行 ; Nishizato, Kiko
出版情報: 琉球大学教育学部紀要 第一部・第二部.  pp.147-166,  1994-03-31.  琉球大学教育学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/352
概要: It is well-known that the problem of the title to the Ryukyu Islands had surfaced as one of the focus of the internation al concern in East Asia until 1880's since 1870's, and this problem had become an important diplomatic issue between Japan and China on the day. Exactly at the same period, a lot of modern newspaper and magazine for chinese readers was launched in China. these newspapers and magazines come to accomplish the role as the medium by which the chinese nationalism was formed facing the foreign tension such as the problem of the title to Ryukyu Islands. Some sheets of newspapers and magazines to represent chinese Journalism at the time are as follows; the Shenbao (申報) , the Wanguo Gongbao (万国公報) , Yiwenlu (益聞録) in Shanghai and the Xunhuan Ribao (循環日報) in Hongkong. In this text, the articls and the editorials printed to the above-mentioned four sheets of newspapers and magazines concerning the problem of the title to Rvukvu Islands are collected in order of the date. 続きを見る
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Suzuki, Noriyuki ; 鈴木, 規之
出版情報: 琉大法学.  pp.424-409,  1994-03.  琉球大学法文学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/13308
概要: 本文はタイ語で記載されています。
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Yoshii, Koichi ; Dobra, Felicitas ; 吉井, 巧一 ; ドーブラ, フェリツィタス
出版情報: 言語文化研究紀要 : Scripsimus.  pp.169-188,  1993-07.  琉球大学教養部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/2713
概要: 大学の大衆化、社会や学生の変化等様々な状況のなかで、日本の大学における外国語教育の危機が叫ばれて久しい。学習者の意欲を高める一つの可能性として、あるいは実用的語学教育という観点から、各教育機関ではネイティブ・スピーカーを採用するところが少な くない。しかしながら、実際の授業運営のなかでネイティブ・スピーカーを効果的に活用する教授法については、理論的参考文献なども皆無に等しく、各担当者が試行錯誤のなかで少しずつ経験を積み重ねながら工夫努力しているのが実情であろう。 共同授業とは、日本人あるいはドイツ人単独でクラスを運営する場合と異なり、その名が示すとおり両者のチームワーク、共同作業が前提であることに疑問の余地はない。しかし更に大きな、決定的な違いは、ネイティブ・スピーカーが単なる授業補助者として、特に音声・会話部分を担当するだけではなく、授業目標のコンセプト全体に関わる要素を持っている点であろう。すなわち、外国語そのものの学習習得とならんで、その言語の背景にある外国の社会や文化を体現しているネイティブ・スピーカーと直接交流すること、知識としての学習ではなく、アクティブな言語使用を学習目標の中心とすべきであろう。 琉球大学ドイツ語教室でも、十年来ネイティブ・スピーカーとのドイツ語共同授業を続けている。共同授業の長所および短所は何なのか、改善の可能性はどこにあるのか、日本人教官およびドイツ人教官両者の意見をもとに探ってみたい。 続きを見る
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西里, 喜行 ; Nishizato, Kiko
出版情報: 琉球大学教育学部紀要 第一部・第二部.  pp.153-190,  1993-11.  琉球大学教育学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/351
概要: It is well-known that the problem of the title to the Rvukyu Islands had surfaced as one of the focus of the internation al concern in East Asia until 1880's since 1870's, and this problem had become an important diplomatic issue between Japan and China on the day. Exactly at the same period, a lot of modern newspaper and magazine for chinese readers was launched in China. these newspapers and magazines come to accomplish the role as the medium by which the chinese nationalism was formed facing the foreign tension such as the problem of the title to Ryukyu Islands. Some sheets of newspapers and magazines to represent chinese Journalism at that time are as follows; the Shenbao (申報) , the Wanguo Gongbao (万国公報) , Yiwenlu (益聞録) in Shanghai and the Xunhuan Ribao (循環日報) in Hongkong. In this text, the articls and the editorials printed to the abovementioned four sheets of newspapers and magazines concerning the problem of the title to Ryukyu Islands are collected in order of the date. 続きを見る
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西里, 喜行 ; Nishizato, Kiko
出版情報: 琉球大学教育学部紀要 第一部・第二部.  pp.15-55,  1991-11.  琉球大学教育学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/350
概要: It is well - known that the problem of the title to the Ryukvu Islands had surfaced as one of the focus of the internati onal concern in East Asia until 1880's since 1870's, and this problem had become an important diplomatic issue between Japan and China on the day. Exactly at the same period, a lot of modern newspaper and magazine for chinese readers was launched in China. these newspapers and magazines come to accomplish the role as the medium by which the chinese nationalism was formed facing the foreign tension such as the problem of the title to Ryukyu Islands. Some sheets of newspapers and magazines to represent chinese Journalism at that time are as follows; the Shenbao (申報), the Wanguo Gongbao (万国公報), Yiwenlu (益聞録) in Shanghai and the Xunhuan Ribao (循環日報)in Hongkong. In this text, the articls and the editorials printed to the abovementioned four sheets of newspapers and magazines concerning the problem of the title to Rvukyu Islands are collected in order of the date. 続きを見る
27.

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西里, 喜行 ; Nishizato, Kiko
出版情報: 琉球大学教育学部紀要 第一部・第二部.  pp.87-101,  1990-03.  琉球大学教育学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/339
概要: The Taiwan Incident (1871-1874) has been considered as the first expedition abroad conducted by Meiji Government, and th e first step of later aggressive acts by modern Japan. There are numerous historical researches on diplomacy concerning the Taiwan Incident (1871-1874), but there is scarcely any research on its influence on the formation of national and international consciousness in the countries concerned. To investigate the issue, we must pay attention to the trends of Journalism in the countries concerned. For the present, in order to examine the trends of chinese journalism on the Taiwan Incident (1871-1874), this paper focuses upon articles and editorials of following four newspapers and journals on the Incident; the Xunhuan Ribao (循環日報) in Hongkong, the Shenbao (申報) and the Wanguo Gongbao (万国公報) in Shanghai, the zhongxi Wenjianlu (中西聞見録) in Peijing. These newspapers and journals at that time have generally been recognized as representative chinese journalism. 続きを見る
28.

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西里, 喜行 ; Nishizato, Kiko
出版情報: 琉球大学教育学部紀要 第一部・第二部.  pp.31-81,  1989-12.  琉球大学教育学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/1829
概要: The Taiwan Incident (1871-1874) has been considered as the first expedition abroad conducted by Meiji Government, and th e first step of later aggressive acts by modern Japan. There are numerous historical researches on diplomacy concerning the Taiwan Incident (1871-1874), but there is scarcely any research on its influence on the formation of national and international consciousness in the countries concerned. To investigate the issue, we must pay attention to the trends of journalism in the countries concerned. For the present, in orden to examine the trends of chinese journalism on the Taiwan Incident (1871-1874), this paper focuses upon articles and editorials of following four newspapers and journals on the Incident; the Xunhuan Ribao (循環日報) in Hongkong. the Shenbao (申報) and the Wanguo Gongbao (万国公報) in Shanghai, the Zhongxi Wenjianlu (中西聞見録) in Peijing. These newspapers and journals at that time have generally been recognized as representative chinese journalism. 続きを見る
29.

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西里, 喜行 ; Nishizato, Kiko
出版情報: 琉球大学教育学部紀要 第一部・第二部.  pp.145-180,  1989-03.  琉球大学教育学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/1830
概要: The Taiwan Incident (1871-1874) has been considered as the first expedition abroad conducted by Meiji Government, and th e first step of later aggressive acts by modern Japan. There are numerous historical researches on diplomacy concerning the Taiwan Incident (1871-1874), but there is scarcely any research on its influence on the formation of national and international consciousness in the countries concerned. To investigate the issue, We must pay attention to the trends of journalism in the countries concerned. For the present, in orden to examine the trends of chinese journalism on the Taiwan Incident (1871-1874), this paper focuses upon articles and editorials of following four newspapers and journals on the Incident; the Xunhuan Ribao (循環日報) in Hongkong. the Shenbao (申報) and the Wanguo gongbao (万国公報) in Shanghai, the Zhongxi Wenjianlu (中西聞見録) in Peijing. These newspapers and journals at that time have generally been recognized as representative chinese journalism. 続きを見る
30.

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西里, 喜行 ; Nishizato, Kiko
出版情報: 琉球大学教育学部紀要 第一部・第二部.  pp.233-303,  1988-09.  琉球大学教育学部
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/1831
概要: The Taiwan Incident (1871-1874) has been considered as the first expedition abroad conducted by Meiji Government, and th e first step of later aggressive acts by modern Japan. There are numerous historical researches on diplomacy concerning the Taiwan Incident (1871-1874), but there is scarcely any research on its influence on the formation of national and international consciousness in the countries concerned. To investigate the issue, we must pay attention to the trends of journalism in the countries concerned. For the present, in orden to examine the trends of chinese journalism on the Taiwan Incident (1871-1874), this paper focuses upon articles and editorials of following four newspapers and journals on the Incident; the Xunhuan Ribao (循環日報) in Hongkong. the Shenbao (申報) and the Wanguo Gongbao (万国公報) in Shanghai, the Zhongxi Wenjianlu (中西聞見録) in Peijing. These newspapers and journals at that time have generally been recognized as representative chinese journalism. 続きを見る
31.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38214
32.

その他

その他
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URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38215
概要: 大正十二年 資料形態 : 大型地図 76.3cm×54.2cm
33.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38218
概要: 劣化著しい  資料形態 : ガリ/B4和紙/バラ
34.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38212
概要: 「昭和十七年 朝鮮総督府統計年報」からの書写 資料形態 : B5/ノート/バラ
35.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38213
概要: 資料形態 : B4和紙/ガリ/和綴じ
36.

その他

その他
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URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38210
概要: 「朝鮮経済年報 昭和十四・十五年版」からの書写 資料形態 : A4/ノート/バラ
37.

その他

その他
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URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38217
38.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38211
概要: 大正十一年一月 資料形態 : B5変形/1冊 26.2cm×19.5cm
39.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38216
概要: 金利比較表が納められていた封筒 資料形態 : 封筒
40.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37798
概要: 9つの綴りからなる 岩波文庫 新渡戸稲造著矢内原忠雄譯『武士道』原稿 資料形態 : 原稿用紙/和綴じ
41.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37797
概要: Irich Free State=アイルランド自由国、Consequential =重要なProvisions=規定 Act,1922. 資料形態 : 冊子 25cm×15cm
42.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37784
概要: 封筒と内容物の二点 資料形態 : 大型資料 39.3cm×54.5cm
43.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37794
概要: 新聞社は不明。「June.16」の書き込みあり 資料形態 : 新聞切抜
44.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37788
概要: 水墨画の作品集 昭和31年11月5日印刷 資料形態 : A4
45.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37790
概要: 翻訳草稿 索引 草稿メモなど 資料形態 : 原稿用紙
46.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37786
概要: Agreement=協定 Act,1922. 資料形態 : 冊子 25cm×15cm
47.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37803
概要: 資料形態 : 絵図/B5/和綴じ 18.5cm×24.7cm
48.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37802
概要: 封筒番号385,455,561の資料が収められていた封筒 資料形態 : 封筒
49.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37799
概要: 明治38年4月11日4版発行/英語のテキスト 小口の書き込み「チョーズン イングリッシュ 講師大崎武之丞先生」 裏表紙の墨書「第五年級矢内原忠夫」 資料形態 : 四六判
50.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37805
概要: 講演原稿か? 資料形態 : B5原稿用紙
51.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37796
概要: 冊子の表紙がなく、冊子タイトル不明 ドイツ語と思われる 資料形態 : 冊子 23cm×15.5cm
52.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37778
概要: 資料形態 : 名刺
53.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37801
概要: マハトマ・ガンディーによる編集 1931年 資料形態 : 新聞?
54.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37780
概要: 資料形態 : 原稿用紙
55.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37800
概要: 封筒と内容物の二点 資料形態 : 大型資料 55.2cm×69.5cm
56.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37795
概要: Act,1922. 資料形態 : 冊子 25cm×15cm
57.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37783
概要: 筆者から矢内原宛のサインあり January,1942 資料形態 : 冊子 25cm×17cm
58.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37804
概要: 1948 資料形態 : 菊判 21cm×15cm
59.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37807
概要: 1948 資料形態 : 菊判 21cm×15cm
60.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37806
概要: マハトマ・ガンディーによる編集 1931年 資料形態 : 新聞?
61.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37787
概要: 資料形態 : 冊子 23.5cm×15.5cm
62.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37791
概要: 岩波文庫 校正  矢内原による朱書きあり 資料形態 : A4
63.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37793
概要: 雑誌「信仰」発行部数ほか 資料形態 : ガリ/B4変形
64.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37781
概要: 講義下書き 7点 資料形態 : 原稿用紙
65.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37779
概要: 資料形態 : 原稿用紙
66.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37792
概要: 一九五六年十月一日 資料形態 : B4/B5
67.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37782
概要: 11×9cm 箱入り 資料形態 : レリーフ
68.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37785
概要: ドイツ語、楽譜の記載あり、歌の本か? 資料形態 : 冊子 18cm×12cm
69.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37777
概要: 11×9cm 箱入り 資料形態 : レリーフ
70.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/37789
概要: 資料形態 : 冊子 21.5cm×13.5cm
71.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38408
概要: 1905 資料形態 : 菊判 22.8cm×15.2cm
72.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38399
73.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38414
概要: BERLIN,1919 資料形態 : 菊判変形 22.5cm×14.7cm
74.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38668
概要: IPR関係=太平洋問題調査会( Institute of Pacific Relations) 資料形態 菊判変形
75.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38409
概要: 資料形態 : 菊判変形 23cm×15.2cm
76.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38415
概要: 封筒には「GERHART SERGER KUNST UNT HISTORISCHER MATERIARISMUS 表紙含む」と書いてあるが、表紙と裏表紙のみしか入っていなかった。 資料形態 : 本の表紙のみ
77.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38394
78.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38412
概要: 資料形態 : 菊判変形 22.8cm×15.2cm
79.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38418
概要: 1920 資料形態 : 菊判変形 24.5cm×15.5cm
80.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38417
概要: 1918 資料形態 : 新書版変形 17.6cm×11.6cm
81.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38397
概要: *国際連盟規約 資料形態 : 印刷物/1冊
82.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38670
概要: 資料形態 B5変形
83.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38413
概要: 資料形態 : 菊判変形 23.2cm×15.5cm
84.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38416
概要: 劣化著しい 1922 資料形態 : B5変形 24cm×17cm
85.

その他

その他
-
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38404
概要: Act,1921 資料形態 : 菊判変形 24.5cm×15.5cm
86.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38456
概要: 矢内原氏が仏語書籍の扉を書写し、邦訳をしたノート。 資料形態 : B5版ノート 25.7cm×18.2cm
87.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38463
概要: 矢内原氏が英語書籍の扉を書写し、邦訳をしたノート。間の挟み込みノート39枚、原稿用紙38枚。挟み込み酸性紙の劣化著しい。 資料形態 : B5版ノート 25.7cm×18.2cm
88.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38506
概要: 記述は81枚目まで。T.YANAIHARA.5TH YEAR CLASS 資料形態 : ノート 21cm×16.5cm
89.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38475
概要: 挟み込みノート、26枚。表紙が取れかかっている。 資料形態 : B5版ノート 25.7cm×18.2cm
90.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38454
概要: 矢内原氏が英語書籍の扉を書写し、邦訳をしたノート。間の挟み込みノート15枚、表見返しに原稿用紙14枚。 資料形態 : B5版ノート
91.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38450
概要: 挟み込みノート、34枚。挟み込み酸性紙による紙色の変化。 資料形態 : B5版ノート 25.7cm×18.2cm
92.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38473
概要: 記述は10枚目まで。劣化著しく、裏表紙ははずれている 資料形態 : ノート 21cm×15cm
93.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38474
概要: 記述は72枚目まで 資料形態 : ノート 21cm×16.5cm
94.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38518
概要: 30-31枚目に新聞記事2枚あり、記述は46枚目まで。一高 昭和二年(1927)五月 [第一部 経済] 資料形態 : ノート 21cm×16.5cm
95.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38485
概要: 記述は全頁にわたる。神戸中学校第二年級 矢内原忠雄 明治三十九年四月十日起 [第一章 後三條天皇] 資料形態 : ノート 21.2cm×17cm
96.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38460
概要: ノートの前半はイタリア語、後半はドイツ語。書名・目次がかかれ、邦訳はない。見返しに原稿用紙8枚。 資料形態 : B5版ノート 25.7cm×18.2cm
97.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38442
概要: 記述は13枚目まで 資料形態 : ノート 21cm×16.5cm
98.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38466
概要: 矢内原氏がラテン語書籍の扉を書写し、邦訳をしたノート。間の挟み込みノート11枚、表見返しに原稿用紙23枚。劣化著しく綴りがはずれてきている。 資料形態 : B5版ノート 25.7cm×18.2cm
99.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38494
概要: 記述は全頁にわたる。[総論 第一章 手形法] 資料形態 : ノート 21cm×16.5cm
100.

その他

その他
矢内原, 忠雄
URL: http://hdl.handle.net/20.500.12000/38515
概要: 右肩69と書いてある頁に挟み込みメモ1枚あり。 [第一章 交通、交通機関、交通政策] 資料形態 : ノート 21cm×16.5cm